コミュニケーションを密に取る「一枚岩」の官邸の構築による政治を展開

2014年6月25日、当編集部は、以前近畿大学の理事長を務め、現在では安倍総理の側近として働く内閣官房副長官である世耕弘成氏に、現在の政治情勢や、内閣の特徴、さらに学生、サラリーマン時代のエピソードを取材した。

ウクライナをめぐる問題については「冷静に対処をする」

現在、ウクライナ情勢をめぐり、ロシアとアメリカという二つの大国が対立をしております。このような中で、日本はどのような政策方針、外交戦略を講じていますか。

現在国際的には、ウクライナをめぐってのロシアとアメリカの対立が最も大きな問題です。アメリカもロシアも、世界に与える影響は大変大きく、この二つの大国がにらみ合っているという状況は、ある種冷戦を彷彿とさせるような危機的な状況です。

そのような中で、ウクライナをめぐるロシアの行動は「力によって領土の現状を変更する」というところで、実は尖閣諸島についての中国の動きと共通点があります。そのために、安倍政権は、ロシアの力によるウクライナ東部の併合は認められないという立場を極めて明確にとっています。

しかし一方で、ロシアという国は、エネルギーをはじめとする様々な観点において、日本にとって大変重要な隣国であることに違いはありません。さらに、日本やアメリカをはじめとするG7諸国にとって要注意なのは、ロシアが孤立感を深めて中国との関係を強化する可能性です。ですから、日本の立場は明確に示しつつも、ロシアに対して冷静な対応をしなければなりません。そのため、日本がロシアに伝えているのは、まずは、「選挙によって選ばれたウクライナの新大統領であるポロシェンコ大統領を認めるべき」、そして、「これ以上東部ウクライナに対して、武器の提供や軍人の派遣を行って状況を悪化させてはならない。」、そして「ポロシェンコ大統領と話し合ってほしい。」というメッセージです。

また一方で、アメリカはともすれば経済制裁などの強い姿勢で臨んでいます。このような中で、日本は米国に対して、米国・EU各国同様に、ロシアのやり方を認めるものではなく、一定の制裁も行っているが、一方で、もっとロシアのプーチン大統領と対話をし、強硬策だけではなく、平和的な解決策も含めて、ロシアの姿勢を変えましょう、という外交を行っています。

現在のウクライナをめぐる情勢は一進一退です。しかし、そんな中で、先日ノルマンディーにおいて、ロシアのプーチン大統領が、ポロシェンコ大統領と短い時間ながら対談を行い、さらに、大統領就任式にはロシアの大使が出席をしている、ということで、ロシアがウクライナの新大統領を認め、また、対話をしようとする姿勢があることは見てとれます。しかし、東ウクライナ情勢はまだまだよくわからない状況です。そのため、私たち日本政府は、状況を注視し、時が来た際には冷静な対応をする考えです。

※このインタビューはマレーシア航空機撃墜事件の前に行われました。

コミュニケーションを欠かさずに一つの意思で動く安倍内閣

第二次安倍内閣は、他の内閣と違い、首相の指揮のもと、各閣僚が、有機的に動いている印象を受けます。このような動きは、安倍首相のご意向でしょうか。それとも、各閣僚の使命感と能力の結果なのでしょうか。

今回の安倍内閣についてですが、安倍首相は大変人事が見事でした。というのは、 18 人の閣僚全員が、その分野の専門家や、大変理解が早く、表現力に秀でた方々であります。そのため、全員が政策的な理解があり、かつ、国会答弁や記者会見の場では、どんな状況であっても、立ち往生することなく、対応をすることができています。

また、今回の内閣は官邸主導で物事を動かしており、各大臣は、自分の政策もあるのですが、常に総理の意を体しながら動いています。これまでの民主党政権や、自民党政権でも時々あったのですが、大臣が「総理はこう言っているが私はこう思っている!」というような意思疎通の齟齬が起こっていません。

これだけ聞くと簡単なように聞こえるかもしれませんが、それはひとえに、官邸の設計が上手かったことに他なりません。実は官邸というのは大変難しい組織です。なぜなら、首相官邸に集まる官僚は、全員、官邸固有の人材ではなく、各省庁からの人材の寄せ集めで構成されています。それぞれが出身省庁の利害や政策を考えながら行動をしています。また、官邸の中では、総理大臣、官房長官、官房副長官の三役が働いているのですが、この三役はお互いものすごく忙しい役柄です。そのため、忙しさにかまけてコミュニケーションを怠ると、官邸を動かす人々がバラバラになり、距離が生まれます。そうならないように、安倍首相は官邸の人事にも工夫をされています。現職の官房副長官は全員過去官邸勤務経験が1年以上あり、また、首相秘書官も6人中4人は官邸経験を持っています。そういった官邸の雰囲気や動かし方がわかっているメンバーがそろっているからこそ、今官邸はまとまって動くことができています。

さらに、これは私の提案ではじめたのですが、毎日、短い時間でも、総理、官房長官、官房副長官、総理の首席秘書官の6人で打合せをしています。この時間は大変貴重で、雑談で終わるときもあるのですが、総理が「この案件はここまでに絶対やりたい。」ということを話されると、私たちが総理の意向を汲んで各持ち場で対応をすることが出来ます。また、私たちから「このような変な動きがありますから気を付けてください。」「マスコミからこのようなことで批判が出ていますよ。」と進言することもあります。このように、短い時間でも、議論を行い、コミュニケーションをとることによって、官邸の気持ちが一つになります。新聞や週刊誌は一生懸命官邸のアラ探しをしていますが、官邸からは不協和音は出ず、一枚岩で活動をしています。

人的ネットワークを展開し、将来的に「独立」せよ

学生時代は「人的ネットワ ーク構築」を意識

世耕さんは、学生時代、どのようなことを意識されていましたか。また、今の学生はどのようなことを意識すればよろしいでしょうか。

学生時代はひたすらよく遊んでいました。それがプラスになっていると思います。やはりこの政治の仕事は、最後は人間関係なのです。これは、学生時代も社会人になってからもそうですし、この政治家という職に就いてからは一層そうなのですが、私は常に人的ネットワークをどう組み立てるかということを、ずっと意識してきました。そしてこれは意識しないとできないのです。ただ単に、飲んで遊んでいるだけではだめですね。私は、自分の能力には限りがあるということはよく分かっているし、世の中もっと自分よりもできる人はたくさんいると思っています。これは中高時代に後にノーベル賞を取る山中伸弥さんと一緒に過ごしたことが影響しています。いざというときに、「この問題だったらこの人に聞いたら大体答えを教えてくれる」や、「この問題はこの人にちょっと手伝ってくれって頼めば、めちゃくちゃすごい力を貸してくれる」というように人のネットワークをずっと組み立ててきています。今は、それが大切な財産になっています。

それは大学のころから心がけていたことであり、そしてそのネットワークが、その人の友達、またその友達の友達と、さらに広がっていきます。私は社会人になって広報の仕事をやったのですが、その時も大学生の時から裏でつながっている友人に助けられるということも結構ありました。それはぜひ、学生のみなさんも今からやっていったらいいと思います。中途半端な勉強よりもそっちのほうが大事です。

当選したらその日から社長と対等の立場に

世耕さんは学生の頃から政治家を志されていたのでしょうか。また、そうでない場合、いつ、どのようなきっかけで政治家になろうと決意されましたか。

学生の頃は、政治家を目指そうとは全然思っていませんでした。私は伯父が政治家でしたが、直接的に政治を継がなきゃいけないとかはまったくありませんでした。ただ、親戚に政治家がいるということで、政治家の仕事のイメージはありました。しかし、その伯父が急に亡くなった時、伯父の長男などが継がなかった状況の中で、私が見つかってしまって(笑) 急遽出てくれという話になりました。

その時、私は、NTTという会社で偉くなろうと思って頑張っていたのですが、伯父の後継者となったことが、政治の道に進む転機となりました。その時に当時の森幹事長(元総理)が私を口説く担当だったのですが、殺し文句は、「君、このままNTTにいたら 20 年頑張っても社長になれるかどうかは運だ。だけど、この選挙に頑張って当選したら、当選したその日から社長と対等の立場になれる」でした。それはなかなか魅力的でしたね。(笑)

それと、私はNTTで特に情報通信分野の広報を担当していたのですが、広報というのは何でも説明できなければいけないので、例えば当時のITの世界の技術動向や、法律の規制、さらに業界のビジネスの状況も分かっていました。当時、教育問題の専門家、医療問題の専門家、農業の専門家として政界に入ったら、おそらく100人くらい自分の先輩がいるわけです。ところが情報通信の専門家は、たぶん政界には私しかいない。まだ自分より詳しい人は誰もいないし、先輩議員でそれをやってきている方もほとんどいない、でもこれから情報通信は産業としてかなり重要になってくるということは、入ったらいきなりトップランナー級でやれるかなという思いがありました。

学生のうちに、リーガルマインドとマクロ経済の基礎を

最後に、学生のうちに「これだけはやっておいた方が良い」ということはございますか。

学生のうちに絶対にやっておいたほうがいいことは2つあります。1つは、いわゆるリーガルマインドを磨いて持ってほしい。これは法律を個別に覚える、というのではなく、「これは法律的にはおかしいぞ」とか「これは法律的にいける」という、その法的感覚です。これは実は民法の本を詳しく読むとか、そういう世界ではないのです。センスが必要でもあるのだけども、そこをぜひ磨いてほしい。

もう1つは、マクロ経済の基礎はわかっているべきです。これもまた経済学の本を読め、ということではありません。これは本当に難しい、微妙なことを言っているのだけども、いわゆる授業の勉強で個別にいろいろ覚えるということではなく、「根本的な本質」を教えてくれる本はいくらでもあるので、そういう本を読んで、法律的な感覚と経済学としての感覚を身に着けてほしい。あとは、体験としては、実体経済を見ることです。株価が上がって円が下がるとどうなるのかとかいう教材はどこにでもあるわけです。そういうのをよく見ていて、経済ニュースで難しい言葉が出たときに用語を覚えていても意味ないですから本質はどういうことなのかというのを常に考えておくというのが重要です。そこの皮膚感覚をわかっていると、社会人として、年齢を重ねていく程大きく違いがでてきます。

私は政治家になって、弁護士と経済学者の感覚に驚くことがよくあります。よっぽどこっちのほうが、感覚が正しいと思う場面に出くわします。法律の条文や経済理論を彼らはよく知っているのですが、今はインターネットで調べたら条文などはすぐ出てくるので知識に意味がなくなってきています。だからこそ、そこの基礎的素養をぜひとも身に着けておいてほしいと思います。

どうやって自分で独立して 生きていくかということを 常に意識するべき

そして、私がしきりに学生に伝えているメッセージなのだけれど、サラリーマンだけを目指す事はやめましょう、ということです。もちろん、一旦は経験したらいい、大きな組織をどう動かすかとかは、ぜひ学んだらいいと思います。でも基本的には、どんな大きな会社でもサラリーマンで一生なんてことは考えずに、どうやって自分で独立して生きていくかということを常に頭において考えたほうがいいと思います。アメリカに行くと、大体大企業に就職するっていうことだけではそんなに評価はされません。アメリカでGEとかマイクロソフトで働いている人は、そこでいろいろなキャリアを積んで、どうやって独立するかを常に考えているわけです。大企業のサラリーマンはその視点で評価されます。中小企業の社長をサポートしているような人、自分で起業している人の方が評価されます。私は、大企業に就職して歯車になって生きていくよりは、きらりと光る中堅企業を見つけて、社長の片腕になって仕事をして、いつかはそこから独立する人生の方が楽しいと思うよと近畿大学の学生にいつも言っています。そういう私も日本最大の企業に入ってサラリーマンをやっていたのですけどね。でもそこから、政治家というステージに「独立」したのです。

※本取材は平成26年6月25日に行われたものです。(本誌2号掲載)

データ1:内閣官房副長官
内閣官房長官を補佐する特別職国家公務員で定員は、3名。 政務担当として衆参両院から1名ずつ計2名、事務担当として事務次官経験者等のキャリア官僚から 1名が、それぞれ任命される。認証官であり、副大臣と同等の待遇である。第二次安倍内閣では、世耕 弘成(政務担当参議院議員)、加藤勝信(政務担当衆議院議員)、杉田和博(事務担当/警察庁/初 代内閣情報官、内閣危機管理監等歴任)の3名。
データ2 内閣官房長官の仕事
各省庁の内閣官房の事務を統括、統督する。内閣官房の事務分野は、行政のすべての領域に及ぶ、 主な重要機能は、内閣の諸案件に関する国会各会派や各省庁との調整。また、政府の公式見解など を発表するスポークスマンである

世耕弘成(せこうひろしげ)

参議院議員 (自由民主党)、内閣官房副長官 (第二次安倍内閣、政務担当)/ 学校法人近畿大学4代目理事長 (前職)/〈 祖父は、元経済企画庁長官世耕弘一氏、伯父は、元自治大臣世耕政隆氏、父は、学校法人近畿大学第3代理事長世耕弘昭氏〉/ 1962年11月9日(昭和37)誕生/大阪教育大学附属高等学校卒業 /早稲田大学政治経済学部政治学科卒業/1986年(昭和61年)日本電信電話株式会社入社/1990年(平成2年)米国ボストン大学コミュニケーション学部大学院留学/1996年(平成8年)日本電信電話株式会社本社広報部報道担当課長/ 1998年(平成10年)参議院和歌山県選挙区補欠選挙に当選(現在4期) /2003年(平 成15年)総務大臣政務官/2006年(平成18年)内閣総理大臣補佐官(第一次安倍内閣) /2010年(平成22年)自民党幹事長代理/2011年(平成23年)学校法人近畿大学 理事長/2012年(平成24年)内閣官房副長官(第二次安倍内閣)

安倍政権の参謀 世耕内閣官房副長官に訊く
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