フィンテックとは何か?金融とは何か?神戸大学経営学研究科 藤原賢哉教授に訊く

金融システムはどのようなもので、そもそも金融は社会的にどのようなニーズがあって生まれてきたのか?フィンテックについて藤原教授に伺いました。

※本取材は平成29年2月20日に行われたものです。(本誌6号掲載)

フィンテックとは?

フィンテック(Fintech)とは、ファイナンス(金融)とテクノロジーを合わせた造語で、金融においてテクノロジー技術がどのように活かされていくのかを議論するときに用いられます。フィンテックと聞くと目新しい印象を受ける方も多いかもしれませんが、金融サービスと情報通信技術は、古くから密接に関連しています。中世イタリアで銀行業が設立された背景には、貿易地や仲介貿易地において遠隔地での取引の記録や為替の取引などの情報を集める必要性がありました。時代がもう少し下ってくると、株式市場がより発達していきますが情報の重要性は同様です。例えば、遠隔地での事情についてよく理解している投資家たちの方が、そうでない投資家たちよりも儲かりますし、生き残っていくでしょう。つまり、情報をより多く持っている投資家たちが有利になるわけです。このような背景から、情報通信技術の発達は、金融と密接な関係があるのです。フィンテックという言葉が普及しはじめたからといって、急にテクノロジーとファイナンスが融合したと考えるのは早計でしょう。

キーワードは「自動化」と「スマホ」

では、近年のフィンテックはどのような変化によってもたらされたのでしょうか。大きく二つあると考えています。一つは、機械学習や人工知能などの技術を駆使して、大量にデータを機械的に処理できるようになった為、これまではできなかった個別具体的な分析などができるようになり、そこに新しいサービスが生まれてきたということです。もう一つは、スマートフォンの普及です。欧米や日本では、爆発的にスマートフォンが普及している為、アプリを使って新たな金融サービスを展開しているベンチャー企業が増えてきています。このことは、既存の金融機関に関して「コストが高い」「使いづらい」などの不満を持っている人が潜在的にいたり、リーマンショック以降アメリカを中心とした大手金融機関に対する不信感があることが背景にあります。ウォールストリートを信用していない若年層に対して、安くて多様なサービスを提供していることが、フィンテックを用いたベンチャー企業の強みとなっているわけです。

実に多様なフィンテック

フィンテック時代に出てきた金融サービスは実に多様です。代表的なものを5つご紹介します。

 

1つ目は、「ApplePay」などのスマートフォンを使った決済サービスです。スマートフォンの中に、あらかじめプリペイド式のカードやクレジットカードなどの情報を入れ、決済の際にはそれらの情報をスマートフォンから読み込みます。アプリ使用者の側からすると財布の持ち運びや出し入れを頻繁にすることがなくなり便利ですが、お店側にもこれらのサービスを導入するメリットがあるのです。クレジットカードやプリペイド式のカードでの決済システムを導入しようと思うと、これまではそれぞれの専用の端末を店におく必要がありました。それらには当然個別にコストも発生してきますし、クレジットカードの場合支払いからお店側への入金までタイムラグが生じるのです。これらを一元化すると、お店の負担を減らすことができます。こうして、これまで決済サービスを導入できなかった小規模な店舗でも使えるようなサービスが、アメリカなどでは広まってきています。

 

資産運用の面でいくと、これまでは多種多様な銘柄から個人が判断して一つ一つ購入したり、専門家に相談したりして高いコストを支払うことが求められていました。そこで登場するサービスが、2つ目に紹介する「ロボアドバイザー」です。このサービスは、自分がどのような条件で資産運用をしたいかの条件を入力することによって、自動的に最適な投資信託の銘柄のサービスを選択してくれるというものです。これまでよりも早く、かつ人が行うよりも低いコストでの運用支援サービスを受けることができます。

 

3つ目は「エイコーンズ」と呼ばれる、一風変わったサービスです。これは、クレジットカードで支払った際の端数を毎回自動的に銀行や投資信託に預け入れていくというサービスです。もちろん一回一回の貯金額は微々たるものですが、自分では気づかないうちに貯金をして行き、一年後には何万円と貯まっているという状態です。日本では昔からなじみがある「貯金箱」をそのままアプリにしたサービスといえます。

 

貸付についても、海外では新たなサービスが展開されてきています。ここで4つ目の例として、「P2Pレンディング(PeertoPeerLending)」というサービスがあります。これは一個人の貸し手と借り手が条件を登録しておくことで、自動的にそれらのマッチングが行われ貸し借りが行われるというものです。銀行を介するよりも安く利用できるため、特にアメリカと中国を中心に広がってきています。ただし、日本では個人の貸し手が貸し付けをしようとすると「貸金業登録」をする必要があり、これらは現行では行うことは困難です。

 

5つ目は、「クラウドファンディング」というお金の集め方です。これは「このような目的でお金を使いたい!」と思う個人や企業に対し、大勢の人が出資を行います。出資されたお金は投資ファンドを介して個人、企業に支払われます。クラウドファンディングは日本でも広がっているやり方です。

海外で広がるフィンテック

これまで挙げた金融サービスは日本でも一部は広まりつつありますが、特にアメリカや中国などの海外が中心となっています。アメリカでは先述したようなリーマンショック以降のウォールストリートに対する不信感から、特に若者たちが「新しいサービスを使っている方がカッコイイ」ということで広まっています。中国ではP2Pレンディングなどの貸付のサービスが広がっています。その要因は大きくは二つあります。

 

一つは、中国において金融サービスは国有銀行と国有企業との取引が中心となっており、まだ中小企業や個人についての行き届いた金融サービス業が充分に整備されていないという現状です。その為、個人や零細企業は、既存の消費者金融まがいのものよりはこのようなサービスの方が利用しやすいと考える為です。

 

また、もう一つは、個人が大々的に消費をする文化が根付いており、そのような消費の際には手持ちのお金だけでは心もとなく、手軽な金融サービスを介してお金を借りることが必要となってくるからといわれています。特に、「独身の日」と中国で呼ばれている11月11日には、独身者を中心にアリババなどのインターネット通販会社で大規模な爆買いが行われています。もちろんこのような新しいサービスが登場してくると、すべてが優良とは言えず、悪徳業者も存在しています。中国では貸付のアプリが主流になっていく過程で、集めたお金を持ち逃げする業者や、実行できないにもかかわらず「○○%必ず保証!」などと銘打ってお金を集めている業者も出てきており、現在規制が進んでいます。

 

日本で新しいサービスが普及しない背景には、法的規制の面もありますが、新サービスに乗っかった悪徳業者の詐欺などが発覚した時に、サービス全体を批判するような社会的風潮があるからかもしれません。

フィンテックに対する当局のスタンス

日本においてフィンテックでの最も大きな事件は、2014年2月に起こった「マウントゴックス事件」と呼ばれるものです。当時ビットコインの流通量世界トップクラスの取引所「マウントゴックス」から、ビットコインが消失したとして、運営会社が負債超過で倒産する事件がありました。マウントゴックスの日本人利用者は少なかったものの、会社が日本にあったため、この先の日本のビットコインに対する不信感につながりました。この事件は、ビットコイン自体に問題があったというよりもむしろ、ビットコインと現金との交換を行う取引所に問題があったケースです。したがって昨年5月の銀行法と資金決済法の改正により、仮想通貨の取引や取引所に関する規制が強化されました。日本の今後のフィンテックの発展には法律や規制の整備が必要不可欠になってくるわけですが、この点については、規制を緩和して促進するべきであるという意見と、慎重に対処すべきだという意見があります。海外に競争力で負けないためにも積極的に促進していくべきだという声もありますが、日本は特に「何か問題があってはいけない」と問題を未然に防ごうと動くことが多いので、この分野についてもまだまだ議論の余地が大きいです。慎重に動きすぎて、日本の金融サービスが海外と比較して著しく遅れるようなことになってしまうのも困る為、日本国内の状況だけでなく、海外に目を向けながらの法整備が必要です。いずれにせよ、フィンテックは今後の経済の中で間違いなく重要な役割を果たしていく事でしょう。

「自動化」は良いこと?悪いこと?

フィンテックの潮流の一つとして、機械学習や人工知能による自動化があることは先述しました。自動化によって金融がどのように揺れ動くのかについては、産業界、学会ともに意見が分かれるところです。また学者が今後研究を行っていくべきか否か議論になるところです。自動化については肯定的な見方と否定的な見方があります。肯定的な見方は、これまで人間が行っていたが故に生じていた非合理な意思決定がなくなるというものです。人間はいつもすべて正しく合理的に情報を処理できるわけではありませんから、時としてブームやバブルのような行き過ぎた景気変動を起こすこともあります。機械がもし合理的に意思決定できるなら、そういった非合理な意思決定を行うことなく、企業価値に関する公正な価格付けを行うことができ、市場は安定するかもしれません。しかし、矛盾かもしれませんが機械が同じように意思決定するなら、人間のように逆張りする行動がなくなり、極端に動いてしまうというリスクもあるかもしれません。

これまでの銀行はどうなるの?

フィンテックによる既存の金融サービスへの影響についても様々な議論がなされています。現在、日本の銀行の資産額は世界のトップクラスですが、収益性についは、薄利多売のような状況が続いています。加えて、昨今の景気回復の為の政策は銀行にとって収益性が上がるものではない為、苦しい状況にあるといえます。さらに、フィンテックによる新しいサービスは、銀行がこれまで独占的に行っていた金融サービスを安価で行うことができる新たな脅威です。しかし、うまく取り込むことによって収益力を上げることができるのではないかという見方もあります。今まで銀行は、若年層に対しては採算性の観点からアプローチをしてこなかったのですが、フィンテック企業を自分たちが取り込むことによって、若年層に対してコミュニケーション力を高める事ができるようになるでしょう。例えば、その人の住宅ローンなどを組んでもらう為のアクセスツールとしてフィンテックを用いたアプリなどが銀行によって利用されるケースなどです。

フィンテックの作る未来

フィンテックがより発展した未来がどのようになるのかについては、学者の間でも意見が分かれています。ポジティブな意見としては、これまでの金融サービスが安く提供されたり、これまでできなかったような金融サービスができるようになり、個人の金融利便性が向上するというものです。また法人の場合、中小企業やベンチャー企業の請求書の送付や帳簿を自動的に作成してくれるサービスなどが注目されています。企業の税務会計上のコストが安くなったり、起業に際する金融的な雑務軽減がはかられるでしょう。

 

一方で、ネガディブな側面についても議論がなされています。例えば、銀行やATMの利用が減り現金よりもビットコインが利用されキャッシュレス化が進むと、単純な現金強盗は減るかもしれませんが、サイバーテロのような知能的犯罪の危険性がより大きくなるかもしれません。また、これまでは銀行は免許業務であり、特定のクオリティの確保されたメンバーに対してのみ規制監督などを行っていましたが、より幅広いプレーヤーが金融市場に登場する事になります。例えばリーマンショックのような事態では、これまで以上にコントロールが難しくなるのではないか、という懸念があります。

学問としてのフィンテックの多様性

フィンテックは新しい領域ですので、学術的にも注目されています。その中で、研究の切り口は様々あります。

 

一つ目は経営学的な観点です。これまでの金融、あるいは銀行業は少ないプレイヤーしかいませんでしたが、フィンテックの発達により、多くのベンチャー企業が参入してきます。その流れの中で、産業の構造やビジネスモデルが変化していくのかを考察することは重要です。また、これまでは分析するのが困難であった個人の決済履歴や資産運用状況などの細かく膨大なデータの取得、分析が可能になります。これはつまり、消費者がどのように行動するのかの分析の高度化に貢献することになるというわけです。

 

二つ目は、マクロ経済学的な観点からするとフィンテックによって経済は安定的になるのか不安定になるのか、効率的になるのか非効率が生じるのか、また、規制を行ったときにそれらがどのような反応をするのかという問題があります。

 

三つ目のアプローチの仕方として、法学的な観点があります。これまでの銀行法、金融証券取引法、保険業法といった縦割りの法体系ではカバーできないような事例が出てくる可能性がある中で、どのように法律を体系的にまとめていくのかについて考察していく必要もあるでしょう。また、学術的なアプローチとしては別に、発展途上国の経済発展にフィンテックがどのようなインパクトを与えるのかも重要な分析対象です。中国、インド、ベトナムと言った、金融システムが行き届いていないような国に対して、より多くの人がフィンテックを利用して経済活動を行うことで、ある種それらのサービスがインフラとしての機能を果たすのではないかと注目されています。

 

フィンテックは研究対象としても多角的な側面があり、そういった点では面白いテーマです。おそらく、フィンテックを単発的な現象ととらえるよりは、IoTなどの技術が発達した未来社会の中でどのような役割を果たしていくかという俯瞰的視野をもって見た方が、より正確に認識できるでしょう。そのような中で、神戸大学ではこれまで縦割で行われていた研究では捉えきれないフィンテックをはじめとした社会問題を、分野横断的に研究、解決すべく、社会システムイノベーションセンターを設立しました。「文理融合」というキーワードも述べていますが、複雑な社会問題に対応する為に、一つの学問領域にとらわれず、それぞれの見地を活かして研究を進める動きは、これからも進んでいくと思います。フィンテックを研究するうえでも、多角的アプローチが求められるでしょう。

現象の背景を理解せよ

学生の皆さんに伝えたいことは、物事の背景をしっかりと理解することに努めてほしいということです。フィンテックにしても、最近急に出てきた新しい何かということではなく、これまで起こってきていた金融の現象を新しい技術によってどのように変えていくのかという色合いが強いのです。つまり、「フィンテックが出てきたからフィンテックについて学ばなければいけない」ということではなく、その根底にある金融の起源やその役割に注意しながら理解してほしいです。金融システムはどのようなもので、そもそも金融は社会的にどのようなニーズがあって生まれてきたのかということを理解しておけば、フィンテックについても自分なりに咀嚼して理解することができると思います。そういった意味では、ぜひとも基礎を大事にして理解を深めてほしいのです。その上で、新しい動きにアンテナを張るということが望ましいと思います。

 

※マクロ経済学 経済学の一種。個々の経済主体が存在する「市場」を取り扱うミクロ経済学とは異なり、一国の経済全体を取り扱う学問の事。

 

※ビットコイン 発行主体のない仮想通貨の事を言う。仮想通貨と言えど、売買対象にもなれば実際に財、サービスに交換する事も出来る。

 

※IoT インターネットを媒体として、人や物がつながることで実現する新たなビジネスモデルやサービス。またそれを可能にする要素技術の総称。

藤原 賢哉(ふじわら けんや)

神戸大学経営学研究科教授。1984年関西学院大学経済学部卒業/1986年神戸大学大学院経済学研究科博士課程前期課程修了/1990年神戸大学大学院経済学研究科博士課程後期課程修了(経済学博士)/1990年広島大学経済学部講師/1993年広島大学経済学部助教授/1996年神戸大学経営学部時助教授/1999年神戸大学大学院経営学研究科助教授/2003年神戸大学大学院経営学研究科教授/2014年、2015年神戸大学評議員/2016年神戸大学社会システムイノベーションセンター教授(兼任)金融・IT部門プロジェクトリーダー

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