駐日ロシア連邦特命全権大使ガルージン氏にインタビュー 1960年代から日本を見てきた大使の目に映るものとは

駐日ロシア大使であるガルージン氏に、外交官の使命や知日派と言われる背景、日露関係の展望やアジア太平洋地域における日露の役割などについて、お話を伺った。(インタビュアー:三宅綾香、大森貴之)

※本取材は2019年4月24日に行われたものです。(本誌9号掲載)

ロシアの外交官に抱く漠然としたイメージ

―ラブロフ外相を筆頭に、ロシアの外交官はタフでクールそうだという印象を持つ日本人は、多いと思います。他国と比べてロシアの外交官にはどのような特徴があると思われますか。

 

まず皆さんをお出迎えした時を思い出していただきたいのですが、私はずっと閉鎖的ではない笑顔で対応をしていたのではないかと思います。私は、ロシア大使としてまだ日本の皆さんになじみ深い顔では無いので私の顔を日本国内で広く知ってもらうため、日頃からいろいろなイベントや番組に参加するよう取り組んでいます。その際もなるべく笑顔であるように努力しています。

 

だが同時に皆さんにお分かりいただきたいのは、「外交官は、必ずしも笑顔で対応できる問題にばかり携わっているわけではない。」という事です。(苦笑を浮かべながら)我々は、ウクライナの大統領選で当選したコメディ俳優とは違うのです。我々は、皆人間なので楽しい時は笑顔、悲しい時には苦笑いですね。そのようにごく普通に対応していると考えていただければ良いのかなと思います。

 

他国の外交官とどう違うかというと、むしろ国を問わず外交官には共通点の方が多いのではないでしょうか。外交官というプロフェッショナルな職業は、他国と自国の付き合いをよりスムーズにするための仕事です。ですから相手国の人々、世界観、人生観、習慣や宗教を、まずよく認識しなければならなりません。特に相手国の利益は、正確に認識しなければなりません。たとえそれが自国の利益と一致するものでなかったとしても。

 

また外交官は、取り組んでいる問題がいかに困難であっても「双方にとって受け入れ可能な解決策を模索しなければならない。」という共通認識を持っているものです。そうでなければ外交官としての仕事をすることは難しくなるでしょう。

外交官の使命・信条とは

―では外交官の使命というと何でしょうか。今まで長年勤められてきた中で、ご自身の考え方に影響を与えたご経験を併せてお聞かせください。

 

「外交官の使命は、自国の更なる発展と繁栄のために良好な外部環境を作り上げる。」ということだと思います。これは外交全体の優先課題でもありますし、個々の外交官の優先課題でもあると思っています。ですから、私が駐日ロシア大使として優先課題にしているのは、「露日関係が友好的な形で更に進展し、真のパートナーシップ関係になることによってロシアの更なる発展と繁栄のために、もっと良好な環境がつくられること」にあります。

 

次に、外交官の人生で最も印象を受けたことは、主に80~90年代、川奈会談などの露日首脳会談の通訳を経験したことです。首脳同士が対話している場に同席し通訳として参加することは、自国にとっても相手国にとっても国際的にも「いかに大事な問題が目の前で議論されているのか。いかにその対話が大きな意義を持っているのか。」という事を実感できました。内容というよりその環境自体が、恐らく私にかなりの影響を与えた事は、間違いありません。自分自身に外交官としての重い責任感を持たせる経験になったと思います。

知日派と言われる所以

―お父様の駐在でいらしていた頃や留学当時の日本は、個人としてどのように映っていましたか?

 

外交官の父と一緒に初めて日本の地に足を踏み入れたのは60年代のことです。あの当時も、そして80年代のはじめ頃、日本に留学に来た時もやはりまず、外国人として感じたのは、日本の飛躍的な発展ぶりです。先端技術の導入や応用の迅速さはとても尊敬に値しますが、同時にその経済成長を支えるために、日本人は働き過ぎたとも思いました。毎日劇的に躍進する環境の中で生活することは大変です。その頃、日本で過労という言葉が良く使われていたのは、至極当然の事のように思いました。

 

しかし人間は、必ずどこかで休まなければなりません。そこで私は、「日本人は、お寺やお宮の庭園でバランスを整えるのではないか。」と考えるようになりました。例えば都内を見ますと、コンクリートとガラスの王国であるかの様に見えますが、実際は、お庭や公園が沢山あります。そこを訪れると、都会の喧騒を離れより静かな雰囲気を感じることができます。これは、今の時代仕事をする上で大変複雑になっている人間関係を営むための手助けになるのではないかと思います。恐らくこれは偶然ではなく、「日本人が自国の素晴らしく独特な文化、習慣、芸術を大事にしてきた事が、今日の日本人の心のバランスを保つ事に役立っている。」と、少なくとも私は、そのように感じています。

 

―ソ連当時と比べると、今のロシア人の日本に対する関心というのは、あまり当時と変わっていないのかもしれないですね。同じように静寂を好んで観光に来られる方も多いですが、どのように考えられますか?

 

関心の違いは、基本的にあまりないように思います。しかし、ソ連からロシアへと時間が経つ中で確かに変わったと言えるのは、人の往来が大きくなった点です。東西陣営の対立・競争の時代は、西側陣営とのイデオロギーの間に壁があり、客観的な事実として、人の往来があまりなかった。

 

しかし、去年の実績でロシアから日本に10万7000人、日本からは、約12万人の方が観光客としてロシアを訪問されました。付き合いが非常に活発に、緊密に行われるようになったことは、露日関係にとって好ましいことです。

 

時代の特徴とも言えますが、今、ロシアのネット上では日本在住のロシア人による、日本国内での生活について紹介しているものが増えています。また日本でもモスクワ在住の日本人女性の会社員が、モスクワ市内の案内を沢山インターネットに掲載しています。それは、ロシア旅行を検討する日本の方々にとって非常に興味深い内容になっていると思います。

 

―そういった情報は、どうやって仕入れていらっしゃるのですか?

 

私自身は、残念ながら執務室で厳しい表情で働からければならない時間が長いものですから、家内にやってもらっています。マリーナは、とてもインターネットの事に詳しく、大変日本の事が好きなので日本について調べています。だからマリーナから、日本の色んなことを知ることが出来るんですよ。

 

―ではこの30年で日本とロシアの関係性にはどのような変化を感じますか?

 

基本的に日本に対する肯定的な態度は、ソ連時代も今もあまり変わりません。

 

しかし、率直な話をすると過去の「歴史のアルバム」について、ロシア人が日本の世論の基調とは異なる意見を持っているのは確かです。このような取材でその問題に深入りしたくないですが、ロシア人による日本の認識というテーマの中では多少言及せざるを得ません。

 

―ロシア人の国際情勢への関心、あるいは日本への関心は、今どこへ向いているのでしょうか?

 

ロシア人の国際情勢への関心は、色々な問題を抱えている分、勿論高いです。だが、国際関係全体の中で日本に対してどういう関心があるのかと聞かれると、最も高いのはやはり、文化・経済です。政治に関しては、最近アメリカが、ロシアに対して敵対的な政策を進めています。その意味において、アメリカと軍事同盟を結んでいる日本もやはり関与しているのではないかと考える人が多いです。ロシア政府内では、特にアメリカの対ミサイル防衛システムの構築で、日本がその一部であるということで少し警戒感を高めている様に思います。

日露関係の将来像について

―先日の大阪での講演会 で日本との連携において先端技術や宇宙開発、新エネルギー分野における協力の重要性について話された際、「イノベーションは、ロシアにとって死活的に重要。」と伺いました。イノベーションの重要性は、ロシア人の中でどの程度共通認識されているのでしょうか。

 

人工知能、ビックデータ、IoTなどを含むイノベーションの導入は、ロシアに限らずどの国にとっても現在、優先的で死活的に重要な課題です。ロシアは、それを十分認識しており、先端技術の更なる研究開発・発展について大統領が国の優先課題として位置付けています。そのために人材育成が必要で、スコルコボも含めてロシアの各大学でもIT教育をますます重要視しております。

 

―例えばスコルコボは、ロシア政府がイノベーションのために丸ごと作ってしまった街として知られていますが日露のスタートアップが、今後上手く繋がっていくには、具体的にどうすれば良いでしょうか?

 

それには、協力できる枠組みが既にあります。例えば、露日大学学長会議という機構は、去年の5月、北海道大学で会合を開催しました。露日学生会議もあります。去年11月は、東京で露日医療会議を行いました。このように様々な部門別の交流に着目していただきたいと思います。

 

また先端技術・学術の分野で言えば、京都はSTSフォーラム(Science Technology for Society)という国際フォーラムの会場となっていますが、毎年ロシアから高レベルの代表団が参加しています。去年は、経済発展大臣が参加しましたが、恐らく他の国に比べると最も高いレベルの代表団だったと思います。

日露経済協力の疑問

―テクネット分野における日本の技術提供は、多くの可能性を秘めていますが、一方でロシアから日本への技術移転は、LNGの他にどのようなものが考えられているのでしょうか。また現状としてそれらは具体的にどういう状況なのでしょうか。

 

「いかなる協力も互恵的なものでなければならない。」というのが、ロシアの原則です。

 

例えば、日本の技術でサハリンの南端では2009年にLNG工場を建設しました。現在この工場からのLNGは、日本国内のLNG消費量の9%程度を満たしています。ロシアは日本の協力の結果、資金と技術を獲得したのは確かですが、日本もLNGの供給を受けているのです。三菱と三井物産も、ロシアのノアテック社が持っている天然ガス産地で採掘したLNGを北極航海路で日本へ輸送するというメガプロジェクトを現在交渉中ですが、これも双方に利益をもたらすものであります。

 

また、去年の9月にウラジオストックで稼働したマツダ車のエンジン工場などは、あまり知られていませんが、実際は露日の経済交流が色んな形で前進しています。例えばブリジストンもいすゞもロシアに進出していますし、年内に日野自動車がモスクワで生産を開始する予定です。

 

―では結局のところ、ロシアが何か技術を提供して、日本が新しいモノの提供する可能性、事例は低いことなのですね。

 

事例といえば、大変不幸な事に福島原子力発電所の事故が発生しましたが、侵害され損なわれた核燃料を調査し、分析する技術にロシアの技術も色々と使われています。事故処理を進める上で、色んな露日間の協議が進められています。このようにロシアにも日本で必要になりうる技術があります。

 

―「日露経済協力」という言葉は最近よく耳にしますが、貿易額でみると2010年のピークに比べるとまだまだ低迷しています。「日露貿易」と「日露経済協力」という言葉は、外交官としてどのように使い分けられていうのでしょうか?

 

貿易というのは、言葉を変えていえば「物々交換あるいは商品決済」でしょ?一方、経済協力は「技術の移転を含めた投資」を意味しています。まずこの投資を前提にしているのが経済協力ですね。勿論貿易は経済協力の一部と位置付けても良いでしょう。

 

露日貿易は現在200億ドルと増えてはいますが、2010年に達していた記録的な額、300億ドルまで達していないのは残念な事です。

 

―八項目の経済協力プランには両国共に大きな期待がかかっていますが、急速な進捗に至らないのはどのような問題があるのでしょうか。例えば法制度など、今、協力関係が前進したことによって改めて見えてきた課題は何か、またその課題を解決するにはどのアクターが取り組むべきなのでしょうか。

 

ロシアでは、先端技術の導入、スタートアップイノベーションを総合的に取り扱う「戦略イニシアチブ庁」という組織があります。これは、プーチン大統領が自ら総世話人である組織で特に地域のレベルでの生活に身近な分野でイノベーションの導入を担当している非政府組織です。この組織は、日本のJETROと大変緊密な関係を持っています。ですからそういうような窓口がもっと活用されるようになれば良いのではないかと思いますね。またJETROは、戦略イニシアチブ庁だけでなく、スコルコボとも繋がりがあります。もちろん日本の医療研究機関は、ロシアの医療研究機関と直接交流を持つところも沢山あります。

 

チャネルは、他にもロシア新独立国貿易協会(ROTOBO)もあるし、経団連のカウンターパートナーに当たるロシア産業家企業家連盟の共催の露日経済委員会や露日間の貿易経済委員会もあります。他にも日本から河野外務大臣、ロシア側からはオレシキン経済大臣が共同議長となっている組織もあるんですよ。

今後のアジア太平洋地域における日本とロシアの役割

―今後、アジアをより平和な地域にしていくために、ロシアと日本の協力は不可欠だと考えています。アジア太平洋地域における日本とロシアの役割というのをどのようにお考えでしょうか?

 

非常に素晴らしいご質問です。露日両国は、アジア太平洋地域の平和と安定に大きく協力できると思います。もちろん日本は、アメリカの同盟国ではあるが、お互いに関心を持っている分野において協力することが出来ます。何故アメリカのことをいつも私が言及しているかと言いますと、邪魔になっているからです。この様なことを本当は言いたくないのですが、例えば我々に対して無理にでたらめな制裁を発動したりします。自動車に追加関税を課するなどと脅かしたり、そういう形でアメリカが邪魔になっているから言っています。

 

露日がお互いに関心を有し協力している分野には、例えば今現在国連と協力してアフガニスタン政府の治安機関のために麻薬取締官教育プロジェクトなどがあります。こういった類のものをもっともっと作り上げていきたいと思っています。どうしてロシアと日本は、いま大変に困っているシリア国民に協力して共同で人道支援プロジェクトをやることが出来ないのでしょうか?やろうと思えば出来ると思います。

 

さらに、我々が言うところの国際情報の安全という問題では、共通の財産であるインターネットで、「国家がどういう行動をしても良いか」、あるいは「どういう行動をしなくてはならないのか」という行動規範が必要です。外交上の用語ですが、我々は「インターネットにおける国家による責任ある行動規範」というのを提案しています。内政干渉や特にサイバー問題に対して、「サイバー干渉があったと思われる際に、そのまま武力で対応できるか」という事も含めて、良く国際社会内で議論しなければならないです。残念ながらアメリカはまた邪魔になるのです。我々の方から見ればアメリカは、「サイバー攻撃は武力攻撃と同じだ。」という大変危険な発想でアプローチしています。ですから日本もロシアもアメリカも、皆一緒に考える機会が必要だと考えています。

大ユーラシアパートナーシップとTPP

露日両国が協力することでアジア地域、地球全体、国際社会全体にとってプラスになるような問題は、沢山あるのです。例えば露日経済協力の更なる発展は、APEC、東アジアサミット、ASEANなどアジア太平洋地域における経済統合(インテグレーション)にも寄与します。これは間違いありません。また日中韓東アジアトロイカや上海協力機構、更に西の方へ行けばロシア・ベラルーシ・カザフスタン・キルギスとアルメニアが構成しているユーラシア経済連合があります。

 

プーチン大統領は、「大ユーラシアパートナーシップを構築しようじゃないか。」と提案していて、ここでは日本にも役割は有り得るのです。何故かというとこれは、開かれた構想であって決してTPPのような閉鎖的な構想ではないのです。TPPは「一旦できた枠組みに他の国がどうぞ入って」という発想ですね。だが入ったら、もう既に他の国が決めた基準に従えという発想です。我々は、全く逆の提案をしています。つまり「お互いにゲームのルールを決めてやろう。」というパターンですね。

 

―大ユーラシアパートナ―シップの中で例えば中国や韓国というのは、どういった役割なのでしょうか?日本との違いをどう見出しているのでしょうか?

 

それは勿論当事国で議論しなければなりませんが、基本的に大ユーラシアパートナーシップ構想は、まずWHOのルールに基づく圏内貿易の前進です。まだ議論は始まっていませんが、関税の引き下げや撤廃、あるいは期日、規格の統一化などを含めた構想です。中国の一帯一路もあるし、それも含めて大構想の話です。例えばユーラシア経済連合と中国の一帯一路は、我々の経済連合とのすり合わせについて話を進めています。ユーラシア経済連合は、ベトナムとはもう既に自由貿易・自由投資協定のFTAを結んでいて、シンガポールとも交渉中です。

 

今、既存の統合・機構をベースに「より大きなパートナーシップを作りましょう。」という考えなのです。

次世代の日露関係に期待したいこととは

―ロシアと日本がより友好的な関係を構築出来たなら、アジア太平洋地域の平和にどのような影響を与えることが可能になるのでしょうか。またそのような平和な時代に先駆けて、どのような準備をしておくべきとお考えでしょうか。

 

「何をすべきか。」というよりは「していただきたいか。」という言い方の方がもっと柔らかいかもしれません。それは、日本の皆さんがご自分で決めるべきで、私が言う事ではありません。と言いつつ、私は、ロシアと日本の関係を担当していますので特に日本の若者の皆さんにはより未来志向の考え方で臨んでいただければと思います。過去には色んなことがあった。それは皆が知っています。「過去に何かあったからと言って今現在、どうしてお互いに利益をもたらし得るような協力が出来ないのか?」と私は、疑問に思っています。勿論過去のことを過去として直視した上で、未来志向的な考え方をもって、お互いにとって必要で利益をもたらし得るような協力を進めるべきだという風に思います。

 

その中で観光、人的交流についてのご質問の中にもありましたが、これらを前進させるためには何が必要かというと、例えば短期滞在のためのビザの撤廃は、どうして出来ないのでしょうか。我々は用意がありますよ。ですから決して閉鎖的ではないとご理解いただきたい。

 

例えばもし観光を目的にした短期滞在のビザが無くなれば、交流がすぐに活発化します。我々は、既に韓国をはじめ他の国々とそういう制度を持っています。一部の国はロシアの観光客のために一方的にこのビザなし制度を導入しています。私は、インドネシアで5年間大使をしていましたが、インドネシア政府は、ロシアからの観光客が多いという事を見て、「じゃあどうぞ30日間の滞在のためにロシアのパスポートだけを入国管理所で見せて下さいと。」なりました。とても便利です。ですから相互主義に基づいて日本ともやろうではないかと我々が思っていることを最後にお伝えしておきます。

ミハイル・ユーリエヴィッチ・ガルージン

駐日ロシア連邦特命全権大使。1960年6月14日モスクワ、ソビエト連邦生まれ。1983年モスクワ国立大学付属アジア・アフリカ諸国大学卒業。1983年外務省入省。1983-1986年、駐日ソ連大使館職員。1992-1997年、駐日ロシア大使館職員。2001-2008年、駐日ロシア大使館公使。2008-2012年、ロシア外務省第三アジア局長。2012-2017年、駐インドネシアロシア大使。2018年1月~、駐日ロシア連邦特命全権大使。2016年ロシア友好勲章受章。

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